「好き」
実は最近気になっていることがある。
どうしてこんな風なのか分からなくて、それの理由がどうしても知りたい。
だけど…それがもしも、自分にとって一番困る結果だったら……どうしたら良い?
シンとした静寂の中。
小さな吐息が聞こえる、完全防音のスタジオ内。
ペンと白い紙を手にしつつ机に向かうには似つかわしくない、茶色の髪がわずかに前のめりになる。
そんな背中に、静かに影が近寄ってきた。
「ヒロ!!詞は書き終わったの!?」
大声に飛び上がって授業中の生徒のように、再び目を見開いて真っ白なノートに向かう。
「だ、大丈夫だよ!もうすぐ出来ると思う、安部ちゃん……って…」
後ろの人物に必死に弁解しようと、振り向いた博之は、してやったりとくすくす笑う彼を見て、肩の力を抜いた。
「大ちゃぁぁぁあん(汗)もう何度も言ってるじゃん、おどかさないでって〜」
「だーってぇ何度やってもヒロ引っかかるし、可笑しいんだもん。」
大介はそんな博之の様子を更におかしそうに見詰めながら、博之の机の前にゆっくりと移動する。
「進行状況はどうですか?貴水先生?」
机の前にしゃがみ込み、机の端に手を突いて爽やかに白い紙を覗き込む。
「……まだ、みたいだね」
「う……」
博之は顔を真っ赤にさせながらペンを握り締め、肩を落とす。
もうレコーディングが滞ってどのくらいだろう。
作曲担当の大介の仕事はいつの間にやらほとんど終了間際。
残すは博之の詞とボーカルのみという有様。
『大体にして、このぎゅうぎゅう詰めのレコーディングスケジュールは何なんだ!?
雑誌のインタビューにファンクラブのインタビュー、ジャケット撮影、テレビの収録…
ただでさえ大忙しなのに、アルバム制作。どう考えても労働基準法に反しているだろう?!』
心の中でぶつぶつ呟くが、そんなこと誰かの前で言おうものなら、こう反論されるのは目に見えている。
『何言ってるの。大ちゃんは曲もう出来たって言ってるよ。』
そう、自分のペースが遅いとは(早いとも言い切れないけど)これっぽっちも思っていない。問題はこの目の前にいる人物の驚異的なスピードだ。
触れれば脆く壊れそうなほど、男にしては背も肩幅も小さく細いこの相方は、その華奢な体のつくりからは想像も出来ないほどに体力がある。
こうして人の顔を覗き込む様子は、まるで女の子のように見えるくらい可愛いのに…ってなに言ってるんだ、俺(汗)
そ、それはともかく、ことに曲作りに対しては、恐ろしいくらいだ。いつも一緒に仕事しているが、信じられない勢いで、
寝てる暇があるのかと疑ってしまうくらいに次々と曲を作ってくる。
しかし、俺は普通だ!!といったところで、加速し始めたばかりの俺たちはスピードを上げていくしかないのだ。
「まあ、まだ締め切りまであるし、ヒロが納得する歌詞が一番だから、頑張ってよ。僕ももう少し手直ししなくちゃいけないところ見つかったし。」
「そう、なの?」
「うん、もっといい展開が浮かんじゃって♪」
ふーんと言いながら幼い笑顔を浮かべる大介をじっと見詰める。
ほんと、この人は、元気だな〜…
「お疲れ様〜…」
AM1時。
ようやく今日のレコーディングは終了。スタッフ達が疲れた顔をしてぞろぞろとスタジオを後にする。
何とか井上哲生にOKサインをいただいた詞を提出し、さっさと録ろうと始めたボーカルレコーディングがPM10時。
疲れきっていたけど、ここで録音しておかなければ後々がきつくなってくると、博之自身が主張した。
博之はぎしぎし軋みそうな体を何とか起こして、大介と安部と共に帰宅のタクシーに乗り込んだ。
「あーつっかれた〜!!今日もありがたいことに忙しかったわね。」
「うん、ほんと休みって無いわけ?」
「それは私もぜひ欲しいわね。」
疲れたと言いつつ良く喋る安部と大介に、博之は心底感服させられる。
「あ、そこを右に曲がってください。」
安部が、タクシーの運転手に行き先を指示する。
「悪いわね、今日は先に帰らせてもらうわ。」
「彼氏によろしくね〜」
「バカ、違うわよっ」
タクシーから降りた安部を見送り、俺たちの乗ったタクシーは再び走り出した。
「…さすがに眠くなってきちゃった…ちょっと寝てて良い?」
ほんの少しタクシーが走り始めたところで、大介が年上とは思えない幼い様子で目を擦り、博之に尋ねかけた。
「え?あぁ、うん良いけど…?」
「お休み〜…」
と言いながら、大介はコテンと博之の肩にもたれかかった。
「大ちゃん…重いんですけど?」
「だって〜丁度いい高さなんだもん〜…」
大介はそう言いながらも睡魔に誘われていっているのか、声が小さく消えていく。
なんかこれってあんまり普通な状態じゃないような…
博之はちらりと、黙々とハンドルを切るタクシーの運転手の背中を、気まずく覗き見る。
この人は…本当に時々変な人だ。
博之は心の中で溜息を吐きながら、自分の肩の上に乗っている大介をまじまじと見詰めた。
黒のジャケットの上にさらりと流れる、茶色く脱色された髪。
穏やかに閉ざされた瞼。
吐息を吐き出す唇は薄く開かれている。
…やっばい…また始まった…。
このところ博之を悩ます、どうしようもない事実。
時折、大介を見ていると心臓がありえない早さで、鼓動を打つ。
博之はこれとおんなじ感覚を、昔味わったことがある。
その感覚はあってはいけない感情だ。
博之は完全に眠りに落ちたらしい大介の顔が、どうしても見れなくて、さりげなく逸らした。
…つもりだが、肩に首筋に、触れる大介の髪の感触が博之の神経を集中させてしまう。
思わずその肩を抱き寄せてしまいそうで、博之は自分が怖くなる。
そう。なんでか知らないが、このところ大介を見ていると、時々発作のように無性に彼がいとおしくてたまらなくなるのだ。
博之の記憶をどんなにたどっても、その感覚と酷似する感情はたった一つ。
『これってやっぱり俺、大ちゃんのこと好きなのかな…』
そう思いついては、そんなまさかと心の中で大きく首を振る。
『これまでの23年間、こんな風に男にこんな気持ちになったことは断じてないぞ!』
女性受けするそのフェミニストな態度と、そのスマートさからは離れた位置にあるその天然ボケが、博之に普通よりは多目の恋愛経験を授けていたが、
まさか自分が男に、それも2歳年上の、しかも仕事の相棒に!!そんな人物にこんな感情を抱いてしまうなどとは、予想だにしないことだ。
なのに本能は理性に逆らって、大介をいとおしいと言う。
そんな博之の今の状態はまさに生殺しだ。
『やっば、なんかほんとにドキドキしてきた。』
触れる肩が、自分のものでないみたいに遠く感じる。
「お客さん、ここでいいかい?」
「はい?!」
気がつくとタクシーは大介のマンションの前に止まっていた。
博之は救われたような、邪魔されたような、複雑な心境で運転手に肯定の返事を返し、自分の肩で未だに寝息をたてている大介を揺り起こした。
「大ちゃん、起きて。着いたよ。」
だけどさすがの大介も普段の疲れの所為かすっかり寝入ってしまっている。
起こすのも可哀想かな…?
これは役得でもなんでもなく、ただ、これ以上タクシーを待たすわけにいかないからだよな。
博之は無理やりに自分を納得させると、運転手に断って、そっと大介の頭を自分の肩から動かし、タクシーを降りると大介の方のドアへ向かった。
「ほら、大ちゃん、こっち。乗って。手掛けて、しっかりつかまって。」
「うぅ…ん?」
よいしょ、と大介をおんぶすると、大介はきゅ、と博之の首にしっかり抱きついた。
『俺って実はマゾかな…』
さっきから生殺しだ、と思っていたが、自らその状況作り出してちゃ仕方ない。
女の子を抱き上げるように軽い大介の体が、博之にタクシーの中よりも苦しい思いをさせる。
エレベーターの中でも、廊下を歩く間も、悶々としながらも博之はなんとか大介の部屋にたどり着いた。
「大ちゃん、家の鍵は?」
さすがにちょっと息も切れ気味の博之は、大介に訊くが大介は何も答えない。
仕方ないな、と博之は大介のカバンの中から鍵を探った。
「ごめんね〜…っと」
可愛らしいミッキーのキーホルダーの付いた鍵を取り出すと、博之は大介の部屋の鍵を開けた。
「よいしょ…っと」
そおっと大介をベッドに下ろすと、博之はほっと一息ついた。
大分前に遊びに来た大介の部屋は、やっぱり今も変わらず所々にミッキーやミニーのぬいぐるみが置いてあって、女の子の部屋のようだ。
あの時遊びに来たときはこんなんじゃなかった。
ベッドで寝息をたてる大介の顔を、邪な気持ちで覗き見る。
不意に、気付かれやしないと博之の中の悪魔が囁く。
何だか大介の顔が悲しそうに見えて、博之はじっとその閉ざされた瞳を見詰める。
その表情を見ているとさっきまでの躊躇は忘却の彼方へ追いやられる。
『やっぱり、俺、この人のこと…』
何が悲しいんだろう、嫌な夢でも見てるのかな?
「…大ちゃん…」
そっと、静かに、博之は大介の唇に口付けを、した。
「……!!ヒ、ロ…?」
博之が離れてその顔を見ると、大介は信じられない様子で大きく目を見開いて博之を呆然と見詰めていた。
「大ちゃん…!その…これは…!!」
博之が必死に弁解しようとするが大介は体を硬直させたまま、身動きひとつ取れない。
「な…んで…?」
何で?
博之の頭の中に大介の言葉が木霊する。
「なんでって……俺……」
しでかしてしまったことに後戻りなんて出来ない。そして、それが嘘の無い気持ちならば、尚更だ。
「お、れ……」
喉がごくりと鳴る。
「大ちゃんのこと好きみたい…だ…」
「え……?」
怯えたような大介の顔。
すべて壊れた。
博之は恐ろしいほどの後悔に襲われる。“言わなきゃ良かった”
玉砕だ。これですべておしまい―――
「ごめんっ!変なこと言った!今の全部忘れて。」
これ以上居れなくて、博之は逃げるように大介に背を向け、部屋から出ようと玄関に向かう。
「ま、待ってヒロ!」
帰ろうとする博之の背を大介の声が呼び止めた。
「僕の返事…聞かなくても…良いの?」
酷なことを言う。
「…じゃ、聞かせて…?」
やけくそで、決定的な判決の言葉を待つ。
大介がベッドから立ち上がり、博之のそばに近付いてきた。
強張った顔。殴られるか、罵倒されるか。博之は静かに目を閉じた。
どんなにきつい言葉を聴くことになるだろうかと待っていた博之の唇に、そっと優しい感触が伝わった。
「…え…?」
目を開けて、大介を覗き見ると、大介は照れたようにふわりと微笑んでいた。
「い…ま…?」
「僕の返事。分かった?ヒロ?」
「…わかんない…もっかい教えて…?」
「やぁだよ」
くすくすと笑う、いとおしい人。
「なんで?もう一回。ね、教えて?」
微笑が浮かぶ。なのに泣きそうになる。
情けない顔を見られたくなくて、ぎゅうっと大介を抱き寄せると、大介は恥ずかしそうに、しかししっかりと博之の背中を抱き締めてはっきりとした声で言った。
「僕もヒロのこと、大好き。」
困ったことになった。
俺はこの“浅倉大介”が好きらしい。
そして一番の困り者は、この気持ちを秘密にしていられるかってこと。
兎にも角にも、今日も俺は愛しい恋人を抱き寄せて言う。
「大ちゃん、大好き。」
あとがき
すみません…もう…殺したくなるほどバカップル(怒)
こんなんでいかがでしょうくぬぎさん(泣)
最低や、俺…(落ち込み)
とりあえず「簡単なリクにしたよ」と言うことらしいので…頑張りました。
若い感じ出てますか?大体時期としては、「ACCESSU」辺りですかね。
今の大ちゃんならこんな可愛いキス☆なんてしないんだろうな…
今のヒロなら、キスひとつに遠慮なんてしないんだろうな(謎)
長くなりそうなのは目に見えていたんですが、「続きが浮かばない」と悶としていた時に、
朝起きた途端いきなりこういうストーリーが浮かんでしまいました。
ま、とりあえず、この後二人はどうしたのか。それはご想像にお任せします(笑)
THANKS!100hit! This novel is present for Ms.kunugi!